暗闇の中での跳躍

物 議 を 醸 せ

テン年代を忘れない宣言

私の好きな音楽ジャンル「シティ・ポップ」では、曲調を表す表現として「テン年代」というフレーズがある。

「この曲ってテン年代っぽくない?」「テン年代のアーティストで死んだ奴いる?」などと言った使い方をする。

テン年代、すなわち2010年代は、本当に情報量が多くて甲高くて場当たり的で悪い子ぶっているけどカッコつけてて、救いようがない。

テン年代と言われている音楽も、大抵は、情報量が多くて甲高くて場当たり的で悪い子ぶっているけどカッコつけてて救いようがない。

シティポップはカッコつけているので好きだ。

モテたいことを隠さないシティポップが好きだ。

そしてモテないまま、テン年代は終わってしまう。

 

 

残念ながら私のテン年代、すなわち中学3年(2010)から大学院2年(2019)は、マジで情報量が多くて甲高くて場当たり的で悪い子ぶっているけどカッコつけてて救いようがなかった。

すわなちシティポップ的人生である。

第一に、いろんなことをやりすぎである。興味関心で行動しては、中途半端につまみ喰いして捨てている。何かを極めたことがない。これは多動の御子に由来する。

第二に、うるせえ。黙ってやってればいいものの、自尊心を高めたいあまり喧伝しまくった。メディアへの露出と反比例するかのごとく人望を無くした。これはクソデカ虚栄心に由来する。

第三に、計画性がねえ。人生を本当に適当にやっているため無駄が多い。約束は破るし時間は守らない。原始時代だったら真っ先に殺されている。これはバカ社会生活に由来する。

第四に、ダサい。話し口調がダサい。幼少期から映画を見過ぎているあまり、字幕みたいな口調になってしまう。悪いことをするときも法律に引っかからない程度のことしかしない。ついでにファッションもダサい。これはモテようとしてることに由来する。

 

 

「シティポップが好きなんだから、シティポップ的に生きてもいいじゃん」というそこの君は、納税でしか存在価値を表現できない哀れな労働者階級である。

好きっていうのはチキンレースと同じで、自分と相手のボーダーラインギリギリを攻めていくから面白い。相手のことを知りたい知りたいと思って近づくけれど、簡単に

クラシックが好きだからと言って髪型を17世紀バロック風にしている奴がいたら異常者である。家族が泣いている。

ラップが好きだからと言って大麻を吸えば捕まる。Uziは絶対販売目的だったと思う。

JPOPが好きだからと言って少女漫画チックな恋愛を夢見ている女子は、大抵バンドマンのセフレだ。セフレに「お前あいつのセフレだよ」って言うと怒るのマジで怖い、正論なのに

 

 

2020年をやっていくために、この自傷的反省は必要不可欠である。

2020年のやっていきは、2010年代のやっていきを反省した上のスーパーやっていきなので、これまでと比較して完成度の面で優れている。

第一に、多動の御子から脱して、専門性を持った知識人になる。専門性は語学・法学・計量経済学・統計である。これらを身につけるために、一年後を見越した年間スケジュールの作成・遵守を行う。投薬と自傷によって自分を戒めていく。

第二に、クソデカ虚栄心を脱して、林の中の象になる。「孤独を歩め、悪を為さず、求めるところは少なく、ただ林の中の象のように」(イノセンス 2004)。で、人望力を高めて非常時のレジリエンスを強くしたい。

第三に、バカ社会生活を脱して、質の高い生活を送る。第一と違うのは、この「質の高い生活」とは内向的である。自分自身のQOLを高めることを目指している。部屋を片付ける、食べたいものを食べる、経験に金を使う、好きな家具を揃える、などがこれに当たる。物事を終わらせる勇気、これがガチで重要になってくる。

第四に、モテようとすることから脱して、正直に生きる。カッコよくないからカッコつけたがるのである。既にカッコいいならカッコつけなくていい。このためには必要なのは「無我の境地で煩悩に溺れてむしろ涅槃を識る」ことに他ならない。全ての欲望を開陳する勇気が求められている。

 

というわけで、2020年はこうした構造的やっていきシステムを進めていく。

後日、2020年を迎えるにあたってのスローガンならびに各努力目標、KPI、そして年間スケジュールを公開したい。

これはいわば小野寺の未来予想図なので、ここに書かれている内容をもとに殺害計画を練れば、完全殺人が可能となる。

マジで恐ろしいな