暗闇の中での跳躍

物 議 を 醸 せ

絶対に主人公であり続けたい

大都市の駅、プラットフォームに並ぶ人だかりを見たことはあるだろうか。
視界を埋め尽くす人の山、湿った熱気、雑踏の音。
あの光景を目にするたび、耳で聴くたび、肌で感じるたび、私は堪え難い虚無感に襲われる。

私にはあの光景を構成している一人一人が、私と同じように自我を持って、私と同じように意見を持って、私と同じように情緒を持っていることが信じられない。

22歳を迎えた今になってもまだ信じられない。

プラットフォームだけではない、車窓からすれ違う車の運転席を見た時、全校集会で同期が集まった時、居酒屋で騒いでいる時でさえもである。

きっと脳の処理が追いついていないのだろうけど、私は信じられないと共に信じたくないのかもしれない。

きっと私は、私一人が特別な仕様になっているわけではないことを認めたくない。

他者からはただの人形のように見えていて、結局は大量生産された人間で、私自身もあの光景の一部品であることを認めたくない。

この自我が特別なものではなく、大量生産された人間の標準装備であることを認めたくない。

言い方が難しいけど、「私」という自我は私だけが持つものでありたい。

 

私が全てをマウンティングしたいのも、その為に努力を惜しまないのも、きっとそういった「特別になりたい」という意識の表現に過ぎないのだろう。

もしかすると恐怖に近いのかもしれない。
だからこそ自分が何かの模造品でなく小野寺という不可侵性を持った孤高のもので、決して他のニンゲンと同様のものではないという差異をはっきりさせ続けておきたい。

プラットフォームの一部品ではなく、それを観察する側であることを世界に示し続けたい。

ワンオフの人間であることを誇示し続けたい。

 

むしろそうでないと、自分という物質に何の価値もない(替えが効く)ことを認めてしまうことになる。

それが最も嫌だ。怖い。それだけは絶対に嫌だから、