暗闇の中での跳躍

物 議 を 醸 せ

手足があるのは

院試をトップで通過したらしく、諸々の学費が免除となった。

この時点では、私がこの分野の最高峰である。

である、はずである。

……持て囃されるのは心地良いけど、何より親の喜ぶ顔が見れた(肉眼で視認はしていないけど)のがとても嬉しい。

我は儒教の精神を生きる者。

モチベーションは田舎に生まれた怒りと一族の誇り。

 

 

遠方地から帰還の車中、後輩といろんなことを話した。

あいつも頑張って働いて、たらふく呑んで、カフェインも摂らずよく起きていたなと思う。

 

結局のところ、自分のテリトリーに安住する奴はそこまでである。

敵がいない環境は安心するし楽だろうけど、きっと成長は見込めない。

ここでいう “成長" の定義とは、コミュニケーション手段や会話の引き出し、説得力、機転などなどである。

まぁ変化の乏しい環境で満足しているのだから当然だろう。

 

私は人間性に問題があり欲深い罪人なので、作り出したテリトリーは放っておいて新天地を求めがちだ。

これもこれで問題だけど、少なくとも成長はしている。

それは知人らなら理解できると思う。

その延長線上として、内側のノリを外部まで持ち出す奴らが大嫌いだ。

この一点を以て、私のゴーストとテリトリー安住者とは相容れない。

 

そこでタイトルに戻る。

手足があるのは、この身を捩って前に行くためである。

逃げるためだけに生えたわけじゃない。

だから私にとっては、テリトリーに閉じ籠る人間達には手足がない、虚しくバタつくだけに見えている。

 

と、車中の会話からそんなことを思った。

日食なつこを聞きすぎたせいかもしれないけど。