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愛情省101号室

物 議 を 醸 せ

無力感

 

官民連携は、「豊かな公共」と「小さな政府」を両立する手段として、地方衰退に歯止めをかける一手になると信じている。

だからこそ私は公民連携、特に指定管理者制度を専攻している。

しかしながら、こうした政策学は他分野とは異なる「枠組み」であるが故に、いつでもどこでも目に見える成果を弾き出せるものではない。

政策学とは価値観の選択を行う学問であり、あらゆる紛争を解決する実践的手段だ。

工学や情報技術のように、直接的にカタチとしてプロダクトを創造するものではない。

 

 

本日はアルバイト先で、「目の見えるモノ」と「目に見えないモノ」の違いをまざまざと見せつけられた。

というか私がその違いを意識してしまった。

「彼らより私の方が優れているのに……」などという、そんな話では断じて無い。

ただひたすらに、私は彼らの持つモノを羨ましいと思った。

目に見せ、納得させる技術。実力主義の世界。

目を輝かせてほしい人の目を輝かせることができる事実が羨ましいと思った。

私は道を作るだけで、しかもまだ道を作れてさえいない。

 

 

私達は、特定のプロダクトを創造する経緯、動機、目的、過程、結果などにまつわる全ての筋道を作りだす。

極端に言えば、自分を慰めるように言えば、私達が必要とするモノを彼らは作る。

だからこそ、モノを作れる彼らが羨ましい。

私もそういう目に見える力が欲しい。

 

欲しい欲しいと羨むだけじゃ何も得られないのは、分かってるんだけど。

理想郷の行く先

TwitterFacebookには書けないことが多くなってきたので、新しい捌け口を用意することにした。

このブログには主に研究内容に関すること、日々思ったこと、感じたこと、ふとした思考、書評などを書くことになると思う。

いや、ならないかもしれない(瞬間否定)。

ご覧の皆さんはぜひ今後も定期的にこのブログを訪れて、PV数を増やし、書籍化に協力してほしい。

本となった私の妄言は文壇を揺るがし、社会を揺るがし、人心を揺るがすのではないか。無いな。

長々書くと更新するのが疎くなるのでここらにしておく。

思考犯罪は死を伴わない。

思考犯罪即ち死なのだ。

ユートピアの末路としてのディストピアを目指して。